97/07/26

Endless Endless


 朝から強い台風のための強い風雨。
 こんな天気の中、映画版「エヴァ」完結編を見に行く。
 さんざん人に勧められたので見に行ったのだが、確かに皆が「見ろ見ろ」と言うだけのことはあった。
 しかしもうちょっと精神的に安定したときに見に行くべきだったか。
 少なくとも「エヴァ」を先に見て「もののけ姫」を後に見るべきだった。
 まあいいや。いずれ「見なければならない」ものだという気がする。

 ついこの間までのオレとシンジくん、シンクロしすぎ。
 「真似したのはどっちだ?」と思うぐらい。
 全く同じセリフまで吐いてやんの。
 生きるのが下手な奴に共感してしまうのはオレが弱い証拠。
 極めて救いの見えないラストについては賛否両論だろう。
 しかし、今のオレは極めて素直に受け入れられる。
 取ってつけたようなハッピーエンドよりよっぽどいい。
 救いがないことによる救い。絶望の中の希望。パンドラの函の底にたった一つ残ったもの。
 あんなことになってもシンジは生きるしかない。生きなければならない。
 自分で選び取って決めた道だから。
 そこに希望がある。価値がある。

 これももう一回見てしまうかも。


 寂しがりやさんなので(泣笑)、アクセスカウンターを付けてみた。


 安田くんが「このページChris Sattingerがリンクを張っている」と教えてくれた。うぎゃー。責任重大。
 教えてくれた安田くんに感謝。Chrisにもお礼のメールを書かなきゃ。
 誰か英語の堪能な方、このページ英訳してくれませんか?


 昨日の続き。

 「受けを取るためなら何でもやる」彼の「手紙」は、よくできていると思う。キャッチーだ。
 彼の「手紙」には実に引用が多い。マスコミはその引用の元ネタ探しに躍起になっていた。引用元から彼の行動の原因を探そうとしていたようだ。
 無駄。あれは「サンプリングアート」の類だ。もともとの文脈からは切り離して考えるべきである。「ゾディアック・アイコン」に類似したマークからは辛うじて「少年が死に関する事象に異常に関心が高かった」という事実が読み取れるだけだ。少年マンガから引用された「積年の大怨に流血の裁きを」というフレーズの配置は極めて効果的だ。もちろん、このフレーズがもともと使用された文脈と、少年がこのフレーズを「手紙」に使用した意図とは関連性が薄い。読む者に大きなインパクトを与えるためだけに使用されたものだろう。そしてその意図は見事に功を奏したと言えるだろう。

 少年法に関する議論も盛り上がっているようだが、この事件の本質とはあまり関係がない。いかに法律を改変して罰則を強化しようが、適用年齢の範囲を変えようが、「やる奴はやる」。いみじくも少年自身が、小学校時代の作文の中で「たとえ死刑になっても」と言っているではないか。程度問題ではあるが、基本的に刑罰の軽重がこの種の犯罪に対する直接的な抑止力として働くとは思えない。

 (たぶん)この話まだつづく。


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