97/07/28

助走→加速


 レコードやら音楽機材やら書籍類やらのおかげ(つまり物欲のせい(泣))でかなり部屋が手狭になってきたので、ずっと引っ越しを考えていたのだが、今日積立預金が満期になったので本格的に部屋探しに動き始める。
 いろいろ部屋に対する希望条件はあるのだが、

 などなど。
 ところが、今日一発目に行った不動産屋で、いきなりほとんど希望の条件を満たしている部屋が見つかってしまう。しかもエアコン、照明器具つきというおまけまで。難点は入居が9月中旬と、ちょっと先になるということだけ。ありゃま。ラッキーな反面やや拍子抜け。
 とりあえず仮押さえ。一応他の不動産屋も回ってみるが、これ以上の条件の物件はもう出ないだろう。
 しかし、首都圏や大都市では考えられん条件だな、どう考えても。首都圏だとこの家賃ならワンルームだ。こういうときも田舎者であることの幸せを感じる。にょほ。

 帰ってからビデオにとっておいた「十階のモスキート」を見る。崔洋一第一回監督作品だったのか。知らなかったぞ。
 内田裕也やっぱいいわー。こーゆーやさぐれブチ切れ男やらせたらもう最高。ひりひりした役が似合いすぎ。さすがロケンローラー。ひりひりひりひり。
 「奈美子さん」「義一さん」でおなじみ(古すぎ)の中村れい子が若くてめっちゃかわいい。「奈美子さん」のときはそれほどそう思わなかったんだけど、いい女だねー。あと競艇場でのやっさん(泣)、ビートたけし(若くて今より太ってたんで、松村邦洋の物まねかと思った(笑))のと特別出演とか、はすっぱな中学生の娘役のキョンキョンとか、パソコンの機種がPC-8001とか、随所に時代を感じさせるものが。
 しかしこーゆー暴力的な映画って好き。演出的にはちょっと甘いような感じもしたけど、十分楽しんだ。


 25日26日みたいなことを何で書きたくなったかというと、この事件に関するマスコミの報道姿勢などに代表されるある種の「非寛容さ」が、彼のような少年を生み出したような気がしてならなかったからだ。事件の解明を望んでいるような振りをしながら、その実、事件の原因となったものを再生産しているように感じたからだ。
 「少年法の改正」=「キチガイハ排除セヨ」。最近の論調はそのように聞こえる。
 蛯原さんがどこかのMLで、「ちゃんと話を聞いてあげられる年上の人が周りにいればこんなことにはならなかったのかも」と言っていた。同感。「オメーそれはヤバいよ」と本人に言ってやれる人が周囲にいなかったことは全く悲劇だ。
 ある程度の経験を経た人物(まあ普通は「大人」という)ならば、自分自身である程度の「衝動」に対処できるだろう。例の少年は、中3にしてはかなり知能の高い子だと思うが、やはり自分自身の「衝動」を制御するスキルは低いだろう。その能力は、知能の高さそのものとはあまり関係がない。
 少年の「猫殺し」は、同級生などの間ではかなり知られていたことだという。「猫殺し」の事実は、同級生たちの間に恐怖を与え、その恐怖は少年を他に対する支配関係を構築するように機能した。
 「信頼」ではなくて、「支配する−される」ことでしか関係を取り結ぶことの出来ない状態。そして、少しはみ出せば排除される。少年が「猫殺し」を経験豊かな人に話せなかったのは、排除されることに対する無意識の恐怖からだろう。そのような恐怖は、今や社会の至る所にある。特に、若い世代では顕著だ。
 さて、どうする。簡単に答えは出ない。

 この話は以上。


 ホリコシさんサンキュ。助かった。疾りまっせ、わしは。


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