97/07/31

ものは壊れる、人は死ぬ


 昨日会社の隣の薬局のおじいさんが亡くなられたので、今朝線香あげてきた。
 3月に死んだウチのじーちゃんとずいぶん仲よくしてもらってたんだが。ウチのじーちゃんが死んでからずいぶんガックリ来てたからなあ。御冥福をお祈りします。
 でもじーちゃん死んだこと、日記に書いてないなあ。僕はじーちゃん子だったからすげーショックだったのに。ショックデカ過ぎて書けなかったちゅーのもあるけど、身内が死ぬと、葬儀関係は当然忙しいし、その後の事後処理も思いっ切り忙しい(じーちゃんは現役の会社会長のまま死んだので余計に)もんなので、ついつい書く機会を失ってしまったちゅーのもある。
 僕に対するじーちゃんの影響力ちゅーのはものすごいものがあって、「表面張力」という単語を初めて聞いたのはじーちゃんの口からだった。明治生まれの人なんだが、なかなか博学な人だった。戦前〜戦中にかけて飛行機のパイロットをやっていたということもあって、特に理系の知識が豊富で、どうでもいいこともよく知っていた。僕がどうでもいいことばかりに興味を持ってしまうのは、モロじーちゃんの影響下にあると言える。
 頑固者で曲がったことが嫌いな反面、結構冗談が好きで、孫を笑わすために風呂上がりにサルマタずり下げてケツ丸出しで家の中をうろうろしたりとかよくやっていた。僕の下品さやらしょーもないギャグ好きという性質の源流はこの辺にあるようだ。
 そうか。オレ、ジジコンだったのか。

 しかし、ココ1年ぐらい、会社の近所の人死にすぎ。
 その内向こうでゲートボール大会が開けてしまいそう。縁起でもないこと言うな。


 ココってみんな見てくれてるのかなあ。頼みますよ、ホント。


 エンキ・ビラルの「ティコ・ムーン」見たーい。
 でも四日市では絶対やらん。名古屋でもあやしいぞ。うう。

 「バスキア」って面白い?誰か教えて。


 一昨日と昨日は待ちこがれていた人からメールが。
 些細なことだけど、ホントに嬉しいね。
 つくづく安上がりなオイラちゃんだこと。


 週末=終末というアナロジーには随分手垢がついてるような気もするけど、世界が終わるとしたら、やっぱり日曜の夜中がいいよね。
 土日で十分好きなことして遊ぶだけ遊んで、
 「もう思い残すことはないかな?」
 「もう思い残すことは何もないよ。」
 「そうか。じゃあ、電気を消して寝よう。」

 それでキレイさっぱり、何もかも終わり。何もかもすっきり。

 あ、こんなこと書いてるからって世を儚んでいるわけじゃないから、心配しないでください。


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