99/03/31

度し難し


 「馬鹿でもちょんでも」という言い回しがある.また,シャッターボタンを押すだけで気軽に撮影できるカメラのことを「バカチョンカメラ」などという言い方をすることがある.
 この場合の「ちょん」という言葉について,「朝鮮民族に対する蔑称」であるという大変な思い違いが広く世間に流布しているようである.
 普通のまともな国語辞典には,この言葉は「知恵の足りないこと.また,知恵の足りない人」という意味で載っているはずだ(僕も全ての国語辞典をチェックしたわけではないが,少なくとも三省堂の新明解国語辞典,岩波国語辞典にはそう出ている).
 この「ちょん」という言葉は古典落語にも出てくることがあることから,少なくとも江戸時代にはこの意味で使われていたのだろう.わが国が鎖国をしていた江戸時代に朝鮮民族差別などあろうはずもない.多少の知識があれば,それぐらいのことは少し考えれば判るはずのことだ.
 ところがそこここで「馬鹿でもちょんでも」の「ちょん」=「朝鮮民族に対する蔑称」という思い違いを見聞きする. NetNews の場でもこういう思い違いに基づいた Flame War がしばしば発生していたりする.しかも,どうやらその思い違いは僕たちの親の世代ぐらいにまで広まっているようである.カメラ商組合のような場でも「『バカチョンカメラ』は差別用語なので使ってはならない」という通達が出されていたりもする(ホシノくん情報ありがとう).まあ,「バカ」という言葉も差別用語であるとするなら,「バカチョンカメラ」という言葉を使うなというのもうなずけるが,寡聞にしてそういう話はまず聞かない.
 確かに,「チョン」または「チョン公」などという朝鮮民族に対する蔑称が世の中に存在することは僕も知っている.しかし,それは「バカチョン」などとは全く語源を異にしたもので,本来「バカチョン」とは何の関係も無い.
 僕らの親以上の世代は,無批判な朝鮮民族への差別意識が横溢していた時代に育っている.その頃の意識を引きずっていてもある程度は仕方のないことだろう.しかし,僕らの同世代が同じ様な価値観を無批判に受け入れるというのはどういうことか.
 言うまでもなく,人間というものは自分の信じたいことを信じるものである.「ちょん」=「朝鮮民族に対する蔑称」と指摘するような考え方の裏にはどういう意識が潜んでいるのか.僕には,そのような誤った認識に基づいた指摘を行なう側に,抜き難い民族差別意識があるように思えてならない.


 他にも度し難い連中と言えば,ウェブページ上の掲示板とか NetNews に便所の落書きみたいな書き込みや投稿するヤツな.楽しい?ねえ,楽しい?僕は楽しくない.
 あと SPAM メール送り付けてくるヤツ.まあ僕は一応読むんだが(どんだけ胡散臭いかが気になる),ざっと読んだらすぐ捨てる.広告効果上がってる? SPAM メッセージには広告効果がほとんどないっていう統計結果がどこかにあったと思うけど.まあご苦労さんなこっちゃね.
 更にわからんのが, NetNews や ML なんかで「初心者なんやから大目に見ろや!」とか言って他人に寛容さを強要するヤツ.他人に言う前にお前が寛容になれや.

 てゆうか久々に書いたらこれかい,つー感じですな.トホホ.


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