2004年06月22日

ウヨ

この文章は、最近世間にはびこっている「右傾化」の根底には何があるのか、ということについてのオレの考えとエラく一致する。
田中康夫ちゃんが石原都知事のことを「臆病な人だ」と喝破していたが、その臆病さってのは、自分自身の弱さと真っ向から向き合うことの出来ない弱さだと思う。総じて中学生男子の威勢の良さっちゅうか。

Posted by tko at 2004年06月22日 00:12 | TrackBack
Comments

レッテルとか線引きを初めて意識したのは、宮崎勤の時でした。Z80のマシン語を16進数でいきなり書き始める少年だったりしましたし、今ではレコードの山の中で暮らしたりしている自分と宮崎勤の間にオタクといって線を引くことがためらわれたのをよく覚えています。
一方で、きちんと「自分自身の弱さと真っ向から向き合う」ということをしていたら、自分としては正気でいられるかどうか不安というのもあります。レッテルを貼ってやり過ごすというのは、こういうことに対する社会的な回避方法なのかなと思うこともあるです。
難しい話は苦手なので的外れだったらごめんなさい。

Posted by: まさひろ at 2004年06月23日 01:04

でんでん的外れでないです。

なんか長くなりそうなので続きを別のエントリで書こうと思ってます。誰も期待してないのに。

Posted by: tko at 2004年06月25日 01:02

オダkingさま,ごぶさたしてます.良い文章読ませてもらいました.国家と庶民が一体化していると思うこと,それ自体が日本社会では特に顕著なのですが,そういう枠から常にはみ出している私はいかようにでもベタベタとラベルを貼られ disられてきたわけですね.だからナショナリズムにはもちろんのこと,ある種許容し得るpatriotismにも危機感を感じます.この匿名性への退避は,実は「教室でdisられるから手を絶対に上げない庶民ぶった小学生から大学生達」につながると私は固く信じているのですが.

Posted by: JJ1BDX/K1BDX at 2004年06月27日 00:45
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